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大阪地方裁判所 昭和35年(ソ)16号 決定 1960年10月28日

抗告人 国

訴訟代理人 平田浩

被抗告人 学校法人 白頭学園

主文

原決定を取り消す。

相手方の本件申請を却下する。

申立費用なちびに抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一、抗告人は主文一、二項と同旨ならびに抗告費用は相手方の負担とするとの裁判を求めた。その理由は次のとおりである。

「(一) 原決定は民事調停規則第六条一項により、抗告人(所管庁住吉税務署長)が申立外奥田滝一に対する滞納処分としてなした公売手続の停止を命じたものである。

司法機関である裁判所が、行政機関が行政権の発動として行なう行政処分の執行を停止するには、法律に特別の規定があることを必要とすると解すべきである。現行法上、このような特別の規定としては行政事件訴訟特例法第一〇条があるのみで、他に裁判所が行政処分の執行を停止しうることを定めた一般的な規定はない。民事調停規則第六条一項は、もともと民事に関する紛争を対象とするもので(民事調停法第一条)、法文上明らかなとおり、同条項によつて停止できる手続は「強制執行手続又は競売法による競売手続」に限られ、滞納処分手続を同条項によつて停止することは許されない(法は、通常、強制執行と滞納処分とを用語上区別して用いている)。また、同条一項但書は、「裁判及び調書その他裁判所において作成する書面の記載に基く強制執行手続については」執行手続を停止することができない旨規定している。したがつて、同条による執行手続の停止は、結局、公正証書による強制執行あるいは債務名義なしに行なわれる任意競売の場合を予想したものと解される。滞納処分はこのような場合とは異なり、権限ある行政庁によつて取り消されるまではなん人もこれを違法として取り扱うことができないという強い公定力を持つた行政処分(たとえば課税処分)を基礎とし、その上に、それ自体公定力を有する行政処分として滞納処分の手続が進められて行くのである。この点からみても、同条によつて滞納処分手続を停止することができるとの見解が誤りであることが首肯されよう。

(二) 次に、相手方が本件調停申立をした事件は、(第三者の)滞納国税の徴収猶予と滞納処分の取消を求めることを内容とするところ、このような事柄は民事調停法にいわゆる「民事に関する紛争」にあたらないから、民事調停になじまない事件といわなければならない。本件公売手続停止決定は、その基礎となつた調停事件の申立自体が不適法であり、すみやかに取り消されるべきである。」

二、原決定は、民事訴訟規則第六条一項により、抗告人が申立外奥田滝一に対する滞納処分としてなした公売手続の停止を命ずるものである。しかしながら、同条項によつて執行を停止できるのは、法文上明らかなとおり「強制執行手続および競売法に基づく競売手続」である。右に「強制執行手続」というのが、国税徴収法上の滞納処分の公売手続をも包含するとはとうてい解することができない。法は一般に強制執行手続と滞納処分手続とを用語上区別しているし、そもそも同条項は、民事に関する紛争解決手続である民事調停手続を前提とするものだからである。かりに、公法上の権利ないしは法律関係に関する紛争解決のために、民事調停手続を利用することができる場合があるとしても、それはきわめて例外的な場合でしかなくしたがつて、そのゆえに同条項が行政処分の執行停止をも予想して規定されたもので同条項にいう「強制執行手続」のうちに行政処分の執行を含むと解することは明らかに行き過ぎであり、誤つた解釈といわなければならない。

およそ行政処分の執行の停止は、行政処分の執行と同じく本来行政権の権限に属するものであつて、司法権固有の作用ではない。司法機関たる裁判所は当然には行政処分の執行停止を命ずる権限はない。たゞ、法は行政権の違法な行使によつて私人の権利がそこなわれることがないようにし、私権の保護を完うするために、いわゆる行政訴訟の制度を設け、このことゝ関連して、裁判所に行政処分の執行停止を命ずる権限を与えている。一般的な規定としては行政事件訴訟特例法第一〇条の規定がそれである。そのほか特別法による特殊な場合に関する規定はあるが(たとえば私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第七九条など)、いずれにせよ、司法機関たる裁判所が、本来は行政権の作用たる性質を有する行政処分の執行停止を命ずることができるのは、法によつてとくにその権限が与えられている場合に限られる。本件のような場合が行政事件訴訟特例法第一〇条に該当しないことはいうまでもなく、そのほか裁判所が滞納処分の執行停止を命ずることができる旨を定める特別の法規もない。それにもかゝわらず、原決定のようにもし民事調停規則第六条一項によつて行政処分の執行停止を命ずることができると解するならば、同条項の定める要件が「調停の成立を不能にし、又は著しく困難ならしめる虞があるとき」という、調停の実効性を確保する見地からなされる、かなり裁量的なものであることや、あるいは民事調停がきわめて広範囲に利用されている現状とあいまつて、行政処分はきわめて容易にその執行を停止される結果となるおそれがある。このような結果は、行政事件訴訟特例法第一〇条の規定をほとんど無意味ならしめるものであり、行政権の独立を侵害し行政の運営を不当に阻害するものといわなければならない。この点からいつても、原決定の見解には賛成できない。

三、以上説明したとおりであるから、相手方の本件申立は許され一ないものであつて、却下されるべきものである。原決定は法規の解釈を誤つたもので違法であるから、これを取り消し相手方の申立を却下し、費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 平峰隆 中村三郎 上谷清)

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